2013年

2013年12月 第117回句会 作品 弘明寺抄(45)
2013年11月 第15回吟行句会 作品
2013年11月 第116回句会 作品 弘明寺抄(44)
2013年10月 第115回句会 作品 弘明寺抄(43)
2013年9月 第114回句会 作品 弘明寺抄(42)
2013年8月 第113回句会 作品 弘明寺抄(41)
2013年7月 第112回句会 作品 弘明寺抄(40)
2013年6月 第111回句会 作品 弘明寺抄(39)
2013年5月 第14回吟行句会 作品
2013年5月 第110回句会 作品 弘明寺抄(38)
2013年4月 第109回句会 作品 弘明寺抄(37)
2013年3月 第108回句会 作品 弘明寺抄(36)
2013年2月 第107回句会 作品 弘明寺抄(35)
2013年1月 第106回句会 作品 弘明寺抄(34)

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 第117回 句会  (2013年12月)
■ 作 品
 
千枚田のジグゾーパズル冬ざるる 舞岡柏葉
←最高得点
水鳥の細き足立つ冬の川 奥隅茅廣
朱を競う紅葉埋める大鳥居 境木権太
七五三緊張解けて着崩れて 長部新平
観音の一縷の微笑落葉踏む   

村田一女

耐えること積もりて眺む冬茜

千草雨音

翳す手に紅葉の色香移りきて

飯塚武岳

尖塔の白さと青の冬日和

木村桃風

つくばひや日の透きとほる冬紅葉

ひらとつつじ

熱燗の好みし君や猪口ふたつ 野路風露
白菊や心の奥に母の影 志摩光月
霊前の飯は大盛り馬肥ゆる 松本道宏
冬陽浴び色付く金柑満足気 川瀬峙埜
天空の朱を彩る柿届く 菊地智
古希迎え日々好日や手に紅葉 東酔水
吾子と行く世界万物宇宙さやか 夏陽きらら

 


■ 弘明寺抄(45)■
平成25年12月7日
松本 道宏 
 
「即物具象」について(3)(前号より続く)
  虚子の唱える具体的表現技術を最も高度に完成させた作家は高野素十です。素十の第一句集『初鴉』には、即物具象表現の背後には感性の耀きの窺える珠玉の名句があふれています。それは「方丈の大庇より春の蝶」「翅わっててんとう虫の飛びいづる」「桔梗の花の中よりくもの糸」等の句です。
  その他の句集にも「一弁の疵つき開く辛夷かな」「大榾をかへせば裏は一面火」「片栗の一つの花の花盛り」「空をゆく一とかたまりの花吹雪」等の名句があります。                          (完)

鎌倉路紅葉かつ散り道はつる

村田一女

  新緑も綺麗ですが、紅葉の時期の鎌倉は本当に美しいです。「紅葉かつ散る」の季語は、「紅葉がさかりの時、一方では紅葉が散っている。」ということで、俳句的な表現です。「紅葉散る」とはおのずと区別されています。
   「かつ散る」の「且つ」は二つのことの同時存在を表わす古語です。

激流を躍りつ下る紅葉かな  

奥隅茅廣

  高浜虚子の有名な「流れ行く大根の葉の早さかな」の句を思い出しました。激流に落ちて流れていく紅葉の葉を眺めた時の状況が「躍りつ」に上手に表現されています。誰でも見ている情景ですが美味く句に纏められました。

千枚田のジグゾーパズル冬ざるる 

舞岡柏葉

  千枚田のジグゾーパズルがあるのかと疑問に思いましたが、あるのでしょう。冬の風物の粛条たる様を「冬ざれ」と言いますが、ジグゾーパズルの「千枚田」と「冬ざるる」が良く響きあっているのには吃驚しました。

パン屑に群れる雀や一茶の記  

舞岡柏葉

 「記」は変換ミスと思われるので、「忌」として読みました。
文政10年に亡くなられた小林一茶の命日は11月19日です。パン屑に群がっている雀を見て、一茶の有名な句「われと来て遊べや親のない雀」に触発されて出来た句と思います。平凡ながら情のある句です。

恙なき日を過ごしたし日記買う

奥隅茅廣


  「日記買ひ平穏な日々願ひけり」「日記買ふまだ見ぬ月日美しく」「シナリオのなき日月や日記買ふ」など『日記買ふ』の句は沢山ありますが、新しい日記を買う時の願望の句として戴きました。


 第15回 吟行句会    2013年11月22日(金)
 久良岐公園(港南区)                                        参加者:12名
■ 作 品
 
   
紅葉照る池面に風の皺ありぬ 松本道宏
←最高得点
裸木となりてなまめく桜かな ひらとつつじ
←最高得点
花八手白さ際立つ藪の道 境木権太
←最高得点
黄落の人面木に小宇宙 村田一女
←最高得点
人知れず咲く山茶花に行き逢ひぬ

千草雨音

裸木を包み隠して花芒

飯塚武岳

小春日や梢の果てに空の蒼

夏陽きらら

照紅葉朝日に映える能楽堂

木村桃風

冷やかな日射の隅に水琴窟

志摩光月

冬の空樹々の聳えて幹太し

大野たかし

大池に蘆刈おえてなお高し

東酔水

初冬の幽玄の庭能舞台

土屋百瀬


 第116回 句会  (2013年11月)
■ 作 品
 
秋晴れの地球を回す逆上がり 松本道宏
←最高得点
長き夜の蛇口を洩るる水の音 ひらとつつじ
菊花展気がかりなこと遠のきて 志摩光月
コスモスの静かな揺れや友送る 野路風露
幼児の頬に一粒早稲の飯

千草雨音

大山や門前町に新豆腐

舞岡柏葉

菊日和今日のひと日の有難し

木村桃風

猛々し騎馬戦の子や秋日和

境木権太

坪庭の主顔して時鳥草(ホトトギス)

菊地智

電車内転がる団栗一人旅 長部新平
したたかに風雨喰らいて紅葉散る 夏陽きらら
絹糸の如く軽やか初時雨 奥隅茅廣
空高く鷹舞い眼下に菊静か 東酔水
運動会親から子へとリレー走 飯塚武岳
炙る火やわら薫り立つトロかつお 川瀬峙埜

 


■ 弘明寺抄(44)■
平成25年11月7日
松本 道宏 
 

「即物具象」について(前号より続く)
 「表現の客観性」という概念は、近代になって「写生」という用語で表現されています。しかし、「写生」という用語には「客観的現実的な自然に取材する嘱目と客観的に具体的に表現する即物具象の両義」が含まれています。
 高浜虚子は晩年『虚子俳話』の中で、俳句の具体的表現の大切さを力説しています。即ち「俳句は時に作者の思想を生のまま述べるやうなこともあるが、多くは象をそなへた処のものを描いて、それによって人に伝へる。これを具象化と言ふ。作者の考へがむき出しのまま伝えられる。それは芸術ではない」と。  
                                                        (次号へ続く)

大山や門前町に新豆腐

舞岡柏葉

 収穫されたばかりの大豆で作った豆腐の事を新豆腐と言います。大山では毎年「大山とうふまつり」が行われています。「大山と言えば豆腐料理」と言われるほど有名になった理由はいくつかありますが、信仰の山として豆腐料理の里として新豆腐が詠まれています。

幼児の頬に一粒早稲の飯 

千草雨音

 日本人は農耕民族として生生発展して来ましたが、その食の中心に米がありました。生活実感として、新米を頬につけた幼児から微笑ましい句が生まれました。

長き夜の蛇口を洩るる水の音

ひらとつつじ

 蛇口から洩れてくる水の音が気になる秋の夜が上手に詠まれています。
 秋は夜が特に長く感じられ、過去の思いを手繰り、感慨ひとしおの中に蛇口から洩れる水の音が気になりだすとたまりません

電車内転がる団栗一人旅 

長部新平

 誰が落としたのかわかりませんが、電車が動くたびに団栗も転がり自分と一緒に旅をしているのではないかと錯覚をしてしまいます。「一人旅」は良いのですが、中八を中七の「転ぶ(まろぶ)」にしたいです。

ひとことの胸にすとんと萩の風

ひらとつつじ


 何か胸に引っかかるものがありましたが、それがすとんと落ちたようになくなって、すっきりした気分になった心理的なものが詠われています。秋草の王とされる萩を渡ってくる風に癒やされたのでした。


 第115回 句会  (2013年10月)
■ 作 品
払っても忍び寄る老ひ秋扇 千草雨音
←最高得点
おにぎりに醤油の照りや赤とんぼ 松本道宏
若駒の四肢吹き抜けり秋の風 舞岡柏葉
明くる日の空の広さや葛嵐 夏陽きらら
ほつこりと炊いて白露のこしひかり

ひらとつつじ

重力の無きが如きに赤とんぼ

奥隅茅廣

人力車萩降る寺をくぐり抜け

野路風露

月の宴万葉人の歌降りて

飯塚武岳

秋の蝉森の深さに吸い込まれ

境木権太

水の色そのまま清き今朝の秋 木村桃風
田の神を祝して畦は緋絨毯 菊地智
増税の声かまびすし九月尽 浅木純生
土手の端胸に火ともす彼岸花 志摩光月
中秋の名月仰ぐ晴れ夜空 長部新平

 


■ 弘明寺抄(43)■
平成25年10月7日
松本 道宏 
 

今月から俳句の表現技法「即物具象」について勉強します。
 対象を客観的具体的に表現する方法を「即物具象」と言います。俳句の表現の客観性について西行の和歌と芭蕉の発句を比較しますとよく分かります。
  道のべに清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちとまりつれ     西行
  田一枚植えて立ち去る柳かな                     芭蕉
 西行も芭蕉も同じように柳の影に立ち止って詠っていますが、芭蕉は「立ち去ってゆく柳という対象(客観)を詠出するのみで、抒情を余情に残しています。」対象を一度はっきり離して再び自分の詩境に回帰させ、自分の詩境に兆したものを客観的につき離しています。                    (次号へ続く)

トパーズの香気まとうや秋の海 

夏陽きらら

 澄み渡った空の色に呼応するように潮の色が美しくなった秋の海を詠んでいますが、この句には発見があります。清澄感のある海を「トパーズの香気を纏っている」と感じた発見が素晴らしいです。

重力の無きが如きに赤とんぼ 

奥隅茅廣

 草原の空に群れなす赤とんぼは、爽やかな秋のシンボルとして忘れ難い風情です。赤とんぼの動きを見ていますと、重力がないのではないかと誰でも感じますが、そこを上手に詠んでいます。

天上の父母と愛でるや今日の月 

夏陽きらら

 中秋の名月は必ずしも満月とは限りません。今年は20時13分頃に満月の瞬間を迎えました。来年以降はしばらく「少しだけ欠けた名月」の年が続きます。亡くなられた父母と満月を愛でている気持ちが嬉しいです。

人力車萩降る寺をくぐり抜け

野路風露

 平凡な句ですが、観光名所を巡る人力車が萩の零れているお寺を潜り抜けていったのでしょう。「くぐりぬけ」に風情があります。

ほっこりと炊いて白露のこしひかり

ひらとつつじ


 「白露」は二十四節氣の一つで、陽暦九月七、八日頃が「白露」にあたります。炊いた白露のこしひかりを「ほっこり」と感じたところが素晴らしいです。天文の白露[しらつゆ]とは違うので用法に注意して下さい。


 第114回 句会  (2013年9月)
■ 作 品
 
朝顔の宙にさ迷う蔓の先 飯塚武岳
←最高得点
赤蜻蛉船頭従え川下り 野路風露
町辻の夜空はみだす花火かな 奥隅茅廣
良寛の心経文字や林檎熟る 松本道宏
凌霄花がんじがらめの母性かな

夏陽きらら

塩ふりて秋茄子の色夕に映え

東酔水

砂はねて強気かくさず羽抜鶏

ひらとつつじ

廃校に賑わい戻る蝉しぐれ

境木権太

石を剥ぐ「つ」の字を書きて鰍逃ぐ

舞岡柏葉

法師蝉微笑む夫は額の内 千草雨音
鰯雲やっと目にして安堵かな 志摩光月
夏深しカラーのすでに葉の黄ばむ 木村桃風
子かまきり昨日もいたね部屋の隅 長部新平
新米の名に戸惑うや極暑なり 菊地智
もの知らぬ青蟷螂は逃げもせず 川瀬峙埜
鈴虫も鳴かせやしょうと女伊達 たま四不像
鰯雲それぞれの秋訪れり 浅木純生
 

 


■ 弘明寺抄(42)■
平成25年9月7日
松本 道宏 
 

俳句の立ち姿について(前号より続く)
  俳句のリズムとは。
 俳句の形式は韻文五・七・五のリズムで構成されています。リズム感のないリズムに乗りきれない作品が、 いわゆる「立ち姿の悪い」作品と指摘されます。
  作句に当って大事なことは「十二音で考える」ということです。十七音を十二音+五音、または五音+十 二音というふうに割り切って考え、兎に角十二音の言葉のつながりを求めることに徹することです。
 例句(五音+十二音)
 本買えば表紙が匂ふ雪の暮    大野林火
 鳩踏む地かたくすこやか聖五月  平畑静塔
 葉ざくらや活字大きな童話本    秋元不死男       

 

凌霄花がんじがらめの母性かな

夏陽きらら

 「母性ががんじがらめ」とはどうゆうことなのでしょうか。自分の子供を守り育てようとする本能的特質に身動き出来なくなった母親の姿でしょうか。 難しい母性心理を「凌霄花」の配合によって句が決まりました。

叩く手に音跳ね返る西瓜かな

奥隅茅廣

 夏の果物として最も人気の高い西瓜は叩いた時の反応で実の熟れ方が分かるそうです。「叩きみて音を聞かせる西瓜売り」など西瓜を叩く句は沢山ありますが、この句「手に跳ね返る」に実感があります。

寝転んで音で楽しむ遠花火 

境木権太

 「遠花火音は何処に消えしやら」「遠花火時代遅れの音届く」など遠花火の音を詠んだ句も沢山ありますが、この句、遠花火の音を楽しむ作者の心の余裕を感じさせる句です。

廃校に賑わい戻る蝉しぐれ

境木権太

 鎮まりかえった廃校の校舎にいつも関心を寄せているのでしょうか。この句には、廃校の校舎に賑わいが戻ったと感じ取った驚きがあります。なんでもない事柄ですが、「蝉しぐれ」が生き生きとしています。

朝顔の宙にさ迷う蔓の先  

飯塚武岳


 朝顔の涼しげに咲く様は格別ですが、朝顔の蔓を詠んだ句はそう多くありません。「朝顔の蔓ことごとく宙に浮く」の句を見つけましたが、掲題句平凡ながら蔓の先が「宙にさ迷う」と詠んだことが決めてとなりました。


 第113回 句会  (2013年8月)
■ 作 品
 
俄雨もつれて切れる踊りの輪 境木権太
←最高得点
犬掻きもクロールもあり夏座敷 松本道宏
山鉾の竹きしませて辻回し 舞岡柏葉
野仏を朱々と灼くや大西日 菊地智
鎌首をもたげて百合の潜み居り

川瀬峙埜

向かい来るスマホ凝視の夏娘

長部新平

満月や盃ひとつ夏座敷

浅木純生

水無月の青き火燃ゆる造船所

ひらとつつじ

安らぎやい草の香り夏枕

奥隅茅廣

苔の花言葉少なに廻り道 村田一女
間をおいてドンと聞こえし遠花火 飯塚武岳
紙おむつのぽっこりお尻昼寝の子 千草雨音
うき草や白い小花の揺りかごに 東酔水
閑話休題すわるすわらぬ尺取虫 たま四不像
   

 

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■ 弘明寺抄(41)■
平成25年8月7日
松本 道宏 
 

俳句の立ち姿について(前号より続く)
 「切れ」と「省略」のある句について。
 以前弘明寺抄(14)で、「俳句を詠むときは引算で」と述べましたが、17文字の短い俳句にあれもこれもと盛り込む事は禁物です。
 曇り来し昆布干場の野菊かな       橋本多佳子
 老いの掌をひらけばありし木の実かな  後藤 夜半
 一人ゐて軒端の雨や西行忌        山口 青邨
 「切れ」により引き締めと連想が生まれます。
 俳句は意味でなく、リズムや調べを優先し、『読み手の想像を誘う』のが俳句です。「調べ」とは詩歌の音楽的効果のことを言います。                                       (次号へ続く)

 

山鉾の竹きしませて辻回し

舞岡柏葉

 京都の祇園祭の句でしょうか。私も祇園祭の「山鉾巡行」を見て、「四辻に山鉾廻すうねりかな」という句を作りましたが、辻回しの際の「竹きしませて」に臨場感が在ります。大変良い句です。

赤富士や世界遺産に輝きて 

飯塚武岳

 平成25年6月22日、第37回ユネスコ世界遺産委員会において「富士山」は世界文化遺産に登録となりました。平成19年1月にユネスコに自然遺産として推薦し、平成24年1月に提出、今回、自然遺産でなく文化遺産として登録されました。非常に単純な句ですが時機を得た句です。

俄雨もつれて切れる踊りの輪

境木権太

 盆踊りの句でしょうか。急に降ってきた雨によって、今まで順調であった踊りの輪が、もつれて切れてしまった状態を上手に詠っています。
 「踊の輪」は夏の季語です。

片蔭に猫寝そべって通せんぼ 

境木権太

 真夏の午後、木々の片側に濃い日陰が出来、そこに気持ち良さそうに寝ている猫がいて、直射日光を避けてこの日陰を伝わって行こうとした作者の邪魔になったのでしょう。真夏の情景が上手に詠われています。

水無月の青き火燃ゆる造船所

ひらとつつじ


 「水無月」は旧暦六月の異称のことで、「水の月」「田に水を引く月」という意味です『水無月』の中で熔接をしている造船所の「青い火花」が印象的です。『水の月』が何故『水無月』なのかは勉強して下さい。


 第112回 句会  (2013年7月)
■ 作 品
 
梅雨湿り縄文土器の粗き肌 舞岡柏葉
←最高得点
紫の雨粒重し花菖蒲 境木権太
舟虫の散りて強まる日差しかな ひらとつつじ
父の日や亡き父の椅子ギイと鳴り 長部新平
万緑に包みこまれて谷戸の村

飯塚武岳

畳の目頬に印して昼寝覚め

松本道宏

長谷寺や潮騒かすか夏きざす

村田一女

田舎家の大戸を開けて暑気払い

浅木純生

枇杷の実の落ちてタイヤのプレス跡

千草雨音

子蟷螂小さき鎌を振りかざし

野路風露

病身の妻には寒き衣替え

菊地智

朝顔にからめとられて棒立ちぬ

木村桃風

梅雨冷や脈の乱れし砂時計

たま四不像

八十路きて祝『桜鯛』山清水なり

東酔水

父の日や息子の電話暖かし

志摩光月

かるがもに掃除まかせて青田かな

奥隅茅廣

弧を描き伸びる枝先金糸梅

川瀬峙埜

 


■ 弘明寺抄(40)
平成25年7月7日
松本 道宏 
 

俳句の立ち姿について
 今回は立ち姿の美しい俳句について考えてみました。
 @ 俳句は「詩」であり詩のない俳句は散文の切れ端に過ぎません。
  芋の露連山影を正しうす         飯田蛇笏
  蔓踏んで一山の露動きけり       原 石鼎
  奥白根かの世の雪をかがやかす    前田普羅
 これらの句はいずれも立ち姿の見える格調高い句です。
 A 俳句は五・七・五の韻文でありリズム感が必要です。韻文のリズムが俳句形式を支える重要な要素と なります。
  一枚の秋の簾を出でざりき         石田波郷
  引き出しに夜寒の胡桃音二つ       加藤楸邨
  柿食うて暗きもの身にたむるかな     大野林火
 これらの句は韻文のリズムが凛凛と響き心地快い句です。           (次号へ続く)

 

枇杷の実の落ちてタイヤのプレス跡

千草雨音

 枇杷の実が自動車のタイヤにプレスされてしまったタイヤ痕の美しい情景を詠んでいます。作者は何も言っていませんが、以外に大きい枇杷の種にもついていたタイヤ痕の美しさに吃驚したのかも知れません。

梅雨湿り縄文土器の粗き肌 

舞岡柏葉

  5月30日に横浜歴史博物館に吟行した時の句でしょうか。縄文土器をしっかりと見て詠まれていま す。「梅雨湿り」と「粗き肌」が響きあっています。

万緑に包みこまれて谷戸の村

飯塚武岳

 谷戸の村を訪れた作者の驚きが詠まれています。大変素直な句ですが、都会では味わうことの出来ない風景を詠んでいます。

図書館の螺旋階段文字摺草  

野路風露

 図書館の外階段が螺旋階段になっており、その近くに文字摺草が咲いていて、両者の良く似ている情景に驚かれたのかも知れません。面白いところを捉えて句にしています。

サーカスのまっ赤なテント雲の峰 

ひらとつつじ


 家の近くにサーカス小屋が建ったのでしょうか。浮き浮きするような気分がよく表現されています。まっ赤なテントの上に躍動感のある雲の峰が沸き立つ姿に感動して句を詠まれたのでしょう。

 第111回 句会  (2013年6月)
■ 作 品
 
   
麦秋の口に残りしにつき飴 ひらとつつじ
←最高得点
穴子釣りコンビナートの夜景かな 奥隅茅廣
←最高得点
富士晴れて水田膨らみ蛙鳴く 川瀬峙埜
←最高得点
美しく老いたし逝きたし茗荷食ぶ 村田一女 
←最高得点
スニーカー新調した児に初夏の風

長部新平

←最高得点
身に余る牡丹に雨の重さかな

境木権太

縁側の呆けし父と新茶汲む

飯塚武岳

富士山の大地を飾る芝桜

松本道宏

せかされてネット張替う夏はじめ

木村桃風

ローカル線旅の終わりは麦の秋

浅木純生

青空にだらりの帯や五月鯉

菊地智

風薫る川の浅瀬に鯉の群れ

千草雨音

吹き抜ける風通せんぼ衣紋竹

舞岡柏葉

森林浴天まで届けと背伸びする

野路風露

田植え待つ水田(ミズタ)に輝く朝日かな

志摩光月


■ 弘明寺抄(39
平成25年6月7日
松本 道宏 
 

(前回より続く)
 また、季語はその成り立ちによって「事実の季語」「指示の季語」「約束の季語」の三種類に分けられています。
 「事実の季語」とは自然界の事実に従って決められているもの。「指示の季語」とは事物の上に季節を表す語がついて直接的に季節を示しているもの。「約束の季語」とは伝統的な美意識に基づく約束事として季節が決っているものです。
 一方、「南国を詠むのに季語は要らない」と考えていた篠原鳳作の「しんしんと肺碧きまで海のたび」の句には季語はありませんが、季感があって季語を重んじる立場の俳人たちからも高く評価されています。  このように見てきますと季語は日本文化の集積であり、著名な俳人によって認知されて始めて認められるものと思います。                                                    (完)

 

穴子釣りコンビナートの夜景かな  

奥隅茅廣

 最近コンビナートの夜景を見るツアーまで企画されるほどコンビナー トの夜景の美しさに魅了されています。作者は穴子を釣りながらコンビナートの夜景の美しさを堪能しているのです。

麦秋の口に残りしにつき飴 

ひらとつつじ

  麦秋と言うと田園風景を思い出します。先ほどまで舐めていたにっき飴がまだ口の中に残っている感触を句に纏めています。「麦秋」と「にっき飴」になんら関係がないにも係わらずある雰囲気の感じられる句です。

風薫る川の浅瀬に鯉の群れ

千草雨音

 例えば、地下鉄舞岡駅から舞岡公園までのせせらぎを散歩しますとこのような光景に出会います。長閑な田園風景を素直に詠まれています

 スニーカー新調した児に初夏の風  

長部新平

 新しく買って貰ったスニーカーを履いて喜んでいる子供さんの様子が眼に見えるようです。「初夏の風」が効いています。

鵜篝のとどかぬ水面小魚跳ね 

ひらとつつじ


 鵜飼は岐阜の長良川をはじめ各地の川で観光用の鵜飼が夏の夜に行われ伝統が受け継がれています。独特な衣装を着た鵜匠の見事な夜のショーですが、作者は鵜篝の届かない水面で小魚が跳ねているところを句にしています。鵜飼をまともに詠んでいないにも係わらず面白い句です。


 第14回 吟行句会  (2013年5月)
 横浜歴史博物館&大塚・歳勝土遺跡公園              参加者:11名
■ 作 品
 
   
梅雨じめり土偶のほうと口開く いまだ未央
←最高得点
継ぎ接ぎの縄文土器や館薄暑 松本道宏
夏の雨見据える魚の自在鉤 千草雨音
古代剣さびの厚さや山法師 野路風露
梅雨に入る副葬埴輪の憂い顔  

舞岡柏葉

潔ぎよく竹の皮脱ぎ空を突く

大野たかし

竪穴に住む人も見し山若葉

志摩光月

静寂の竪穴住居五月闇

飯塚武岳

山法師咲いて明るき遺跡かな

ひらとつつじ

紫陽花の憂色濃くなる帰り道

村田一女

風青しほほを涼やかに歴史博

東酔水


 第110回 句会  (2013年5月)
■ 作 品
 
   
蝌蚪の尾のはねて小さき泥けむり ひらとつつじ
←最高得点
筍のずんと突き出て天を指す 奥隅茅廣
制服の四肢に余りて新学期 舞岡柏葉
あいさつの大きな声や新入生 飯塚武岳
春昼や猫の手足の長き事

野路風露

ナイターの歓声がおす中華街

村田一女

城壁の白さまぶしき樟若葉

境木権太

柳絮飛ぶ川原の石の丸きこと

千草雨音

エコーにて見ゆる胎児や花の昼

松本道宏

夕闇に艶然として海芋咲く

木村桃風

つつじ咲き丘よみがえる日曜日

志摩光月

つつじ咲く幼児に返れば蜜を吸う

川瀬峙埜

秋桜子の校歌の碑あり馬酔木咲く

東酔水


■ 弘明寺抄(38)
平成25年5月7日
松本 道宏 
 

 (前回より続く)
  後に、発句が独立して俳句となった時にも「季節を示す言葉を入れる」と言う伝統が引き継がれました。芭蕉の師匠筋にあたる北村季吟も「山の井」という「季寄せ」を編んでいますが、芭蕉の頃には既に歳時記的な書物は一般的にありました。勿論新しい季語は日々増えています。
  中村草田男の「万緑の中や吾子の歯生え初むる」の『万緑』が季語として認められましたのも、他の俳人に認知されて始めて季語として認められましたし、沢木欣一の「土熱く焼けゐし記憶終戦日」の『終戦日』などは戦後新しく加わった季語です。逆に、『秋晴』という季語が江戸時代にはなかったことなどは案外知られていません。このように季語を研究していくと面白い発見が沢山あります。             (次回へ続く)

 

蝌蚪の尾のはねて小さき泥けむり 

ひらとつつじ

  蝌蚪の動きの細かいところまでよく観察され、具体的に詠まれています。泥の中に隠れていた可愛い蝌蚪が動き始めたときの様子が目に見えるようです。

のどけしや薄目を開けてらくだの子 

ひらとつつじ

  薄目を開けている駱駝の子を見てそこに長閑さを感じ取っている作者は詩人であります。案外と薄目を開けた動物に見られることが多いのですが、俳句を作っている人でないと見過ごす光景かも知れません。

 汐干狩りパパが迷子のアナウンス

野路風露

  海水浴場で迷子になった子供さんのアナウンスはよく聞くところですが、汐干狩りでの迷子のアナウンスはあまり聞きません。そのアナウンスが「迷子になったパパを探している」ところが面白いです。

 城壁の白さまぶしき樟若葉

境木権太

 城壁の白さと樟若葉のみどりの対象が鮮やかに詠まれています。写生句として的確に詠まれているところが素晴らしいです。このような句は若葉の萌え立つ5月でないと詠めません。

人力車百花繚乱くぐり抜け

野路風露


 いろいろな花が咲き乱れている中を人力車が走っていく様子が的確に詠まれています。観光客を乗せて走る鎌倉の風情を詠んだものでしょうか。


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 第109回 句会  (2013年4月)
■ 作 品
 
   
春一番トランペットの音よぢれ ひらとつつじ
←最高得点
花粉症くしゃみこらえる仁王様 飯塚武岳
暗闇にしだれ桜の息づかい 境木権太
花筏花の精乗せ川下り 野路風露
小走りす芸妓の裾や春の宵

奥隅茅廣

嫋な富士の姿やめかり時

千草雨音

縄文のヴィーナスの腰春日和

舞岡柏葉

糸巻きの戦車走りぬ大地萌ゆ

松本道宏

誰のため白詰草の首飾り

東酔水

静々と水掻くカモの春の池

木村桃風

廃屋を守るごとくに桜咲く

志摩光月

花散って静かなる日々侘び住まい

浅木純生


■ 弘明寺抄(37)
平成25年4月7日
松本 道宏 
 

  今月から数回に分けて、俳句の「季語」は誰が決めたのかを勉強したいと思います。先日ある句会で初心者から「季語は誰が作ったのか」と質問を受けましたが、「季語」の存在は俳句以前に遡ります。
  俳句はご存知の通り、連歌の「発句」が独立したもので、連歌は鎌倉時代頃から作られるようになりました。しかし、盛んになったのは室町時代で、その頃連歌の一番最初の句(発句)には季節を示す言葉を入れないといけないという決まりが出来ました。
  「季節を表す言葉ってなんだ?」という疑問が生じ、それに対する整理として季語集が作られるようになりました。これが今で言う「歳時記」でその嚆矢は飯尾宗祇の「白髪集」と言われています。   (次回へ続く)   

 

海光にふはりと開く春日傘

ひらとつつじ

 春の日差しは意外に強くまぶしいものです。日傘は夏のものですが、春日傘は実用ばかりでなくおしゃれにも用います。海のまぶしさに開く春日傘の状態を「ふはり」と表現したところが新鮮です。

春一番トランペットの音よじれ

ひらとつつじ

 春一番の中で吹いているトランペットの音を聴いていた作者はそのトランペットの音が「よじれている」と受け止めた感覚に鋭いものがあります。

花筏花の精乗せ川下り  

野路風露

 少し理に叶った句ですが、水面に散り落ちた花が筏のように流れて川下りをしている様子を「花の精を載せて流れている」と感じ取った力量に感心しました。

嫋やかな富士の姿やめかり時 

千草雨音

  目借時の富士の姿を「たおやか」に見た点に作者独特の捉え方があり、「目借時」の季語を持ってきたところは素晴らしいと思いましたが、「めかり時」を何故漢字にしなかったのか疑問が残りました。

花粉症くしゃみこらえる仁王様 

飯塚武岳

 寺社の門の左右に安置した仁王様の姿を見て、花粉症に犯されている自分と同じようにくしゃみをこらえている仁王様に目を奪われたのでしょう。面白いところを捉えています。



 第108回 句会  (2013年3月)
■ 作 品
 
   
校庭に居眠りをする雪だるま 飯塚武岳
←最高得点
鯉の尾の撥ね上げてゐる春の水 ひらとつつじ
海苔あぶる母の手つきのそのままに 千草雨音
濁川膨らみ増して春を呼ぶ 境木権太
天神の絵馬数知れず梅日和

奥隅茅廣

春の雪古き欄干薄化粧

野路風露

愛読書絶版となり黄沙降る

松本道宏

花種蒔く土に思いを託しつつ

志摩光月

初午に賑わいもどる田舎町

浅木純生

生命の息吹きの気配春の潮

舞岡柏葉

春遊び偲ぶお江戸のみやこばし

木村桃風

東風ふいて何れの花の香りかな   

東酔水


■ 弘明寺抄(36)
平成25年3月7日
松本 道宏 
 

 今月は一字違いの恐ろしさについて勉強しましょう。
 俳句は「てにをは」に始まり「てにをは」に終わると言われています。「一字の違いが命取り」などとも言われます。皆さんも一字に迷うことがあると思いますが、助詞の使い方一つで俳句はよくもなり悪くもなります。俳句の一字の妙はまさに俳句の妙であります。具体的に細見綾子先生の句で説明します。
@ 「は」(主語に限らず話題を提示、強調する場合に使い効果を挙げます)
       そら豆のまことに青き味したり→  そら豆まことに青き味したり   
       山茶花の咲く花よりも散ってゐる→ 山茶花咲く花よりも散ってゐる  
A 「に」
      元旦の昼過ぎのうらさびしけれ→    元旦の昼過ぎうらさびしけれ    
         炎天へ焔となりて燃え去りし→    炎天焔となりて燃え去りし    
B 「が」
      きさらぎの眉のあたりに来る如し→  きさらぎ眉のあたりに来る如し                                                 以上 

   

 

看板に美肌の湯とや白椿 

千草雨音

 美肌の湯のことが大きく看板に書かれていて目に焼きついたのでしょう。 配合の「白椿」が決っています。

校門に眉の鋭き受験の子

境木権太

 受験の子は入学受験の子でしょう。 試験の始まる前の緊張した様子が「眉の鋭き」に表現されています。

三世代見つめ続けしひな人形 

野路風露

  親・子・孫の三代にわたって飾ってある雛人形を見つめてきたのではなく、三代の生活ぶりをひな人形が見つめてきたという発想の逆転を句にしているところが、面白いと思いました。

春の雪古き欄干薄化粧 

野路風露

 塗装の剥れた古い欄干が春の淡雪によって薄化粧をしているのでしょう。古ぼけた欄干が紅色ですと更に雪との関係で景が見えてきます。

校庭に居眠りをする雪だるま  

飯塚武岳

 生徒たちが作った雪だるまが今は誰もいない校庭にぽつんと座っていたのでしょう。「居眠りをする」と表現したところに発見があります。


 


 第107回 句会  (2013年2月)
■ 作 品
 
   
水仙の芽の一二寸合掌す 舞岡柏葉
←最高得点
初雪や屋根のシーサー天に吼え 飯塚武岳
タクシーの空車のランプ片しぐれ ひらとつつじ
寒木瓜やうすぼんやりと生きてきて 浅木純生
凍星やゆがみを宿すガラス窓

千草雨音

雪富士の棘となりたる送電塔

松本道宏

霜柱苔と肩組み朝日浴び

東酔水

大仏の掌にも雪の降る

野路風露

誓うこと繰り返しつつ初日記

境木権太

巳年とて初金比羅と銀座より

奥隅茅廣

 

 

 

 


■ 弘明寺抄(35)
平成25年2月7日
松本 道宏 
 

   今月は「俳句は瞬間を読む」について勉強しましょう。
@ 感動は俳句の源泉
   感動とは驚くこと、気づくこと、発見することです。よりよい素材、感動的な出会いが捉えられたら句作の  半分は成功です。
A 適切な季語を選ぶ
   「安心、安全な俳句」は時として類想類句の山を築きますが、季節の持つ本意や本情を知り、新しい発  見をしましょう。
B 一句に新しい発見がある
   俳句は言葉探しから始まります。吟行は欠かせない言葉探しの場所です。
C 切れ字を上手に使う
   切れ字の効用については既に何回も申し上げましたのでここでは省略します。           以上    

 

鉈彫りの不敵な笑みや春隣 

舞岡柏葉

 荒削りの木彫仏像を刻んだ円空仏の句は数多く詠まれていますが、「不敵な笑み」がよいと思いました。私もその昔「貌で選ぶ円空仏や梅日和」の句を作りましたが、この句は「不敵な笑み」と「春隣」が響きあっています。

初雪や屋根のシーサー天に吼え

飯塚武岳

  沖縄に往かれた時の句でしょうか。シーサーは「獅子さん」の意味で魔除けの一種ですが、まさに「天に吼え」によりシーサーの姿が目に見える様です。ただ沖縄でも雪が降るのでしょうかね。初雪に意外性を感じましたが。

寒木瓜やうすぼんやりと生きてきて 

浅木純生

  「光陰矢のごとし」。月日の過ぎるのは早く何時の間にかこんな年齢になってしまったという実感が詠まれています。語感から受ける「木瓜」が効いていますし、園芸品として喜ばれる「寒木瓜」の季語が決まっています。

老い母の姉さんかぶり日脚伸ぶ

ひらとつつじ

 年老いたお母さんの姉さん被りに、今でも凛々しく働くお母さんの姿が見えてきます。その姿と「日脚伸ぶ」とは何の関係もありませんが、近づく春の足音を感じる明るい句です。

瑞兆の託宣運ぶ御神渡り  

舞岡柏葉

 有名な御神渡りは長野県諏訪湖に伝わる伝承ですが、古来より氷の隆起や方向によって農作物の豊凶が占われています。作者は「これは瑞兆の宣託を選ぶもの」と述べていますが、やや理屈めいた句ですが面白い句です。



 第106回 句会  (2013年1月)
■ 作 品
 
   
玄関に子供ぐつあり年始め 志摩光月
←最高得点
一冊を読み終えし夜の柚子湯かな 境木権太
←最高得点
鮟鱇の吊り下げられて無念顔 舞岡柏葉
山賊のやうに着込みて煤払ひ ひらとつつじ
湯豆腐の薬味に開く味蕾かな

奥隅茅廣

廃校の金次郎像や雪時雨

松本道宏

指定席暦つるして年迎ふ

飯塚武岳

職人の動き無駄なし畳替

千草雨音

年越しのそば手繰り聞く恋の唄

浅木純生

鏡餅蜜柑の座りぎこちなく

野路風露

かあちやんはカカトサウルス空つ風

たま四不像

新年の壁に貼りたるカレンダー

木村桃風


■ 弘明寺抄(34)
平成25年1月7日
松本 道宏 
 

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。  
 前号に続き「省略の極意」について勉強しましょう。

  1. 何を省くか

  俳句は主語を省略することで描かれた世界に広がりが出ます。

  1. 動詞は必然性のあるときのみ使用

  動詞を多用した成功例は余り見たことがありません。

  1. 俳句の本質に迫るために時間は直截語らない

  俳句は対象とする物や出来事の「核心」に限りなく迫って作り上げる純化された世界です。

  1. 場所は読み手に畳まれた風景

詠みたいものに焦点を当てたとき、敢えて言わずに暗示させます。

  1. 意味を省いた俳句は無意味を志向する句とは違う

 客観写生の作品は無意味であるところにその醍醐味があります。                     以上

 

湯豆腐の薬味に開く味蕾かな

奥隅茅廣

 味覚をつかさどる味蕾が薬味を口にしたときに開くとはなんと感覚的な句ではないでしょうか。この捉え方に俳諧味を感じましたし、実に個性的な句だと思います。

一冊を読み終えし夜の柚子湯かな

境木権太

 どんな本を詠んでいたのか分かりませんが、その本を詠み終えてすっきりした気持ちで柚子湯に入る作者の心が伝わってきます。

山賊のやうに着込みて煤払ひ 

ひらとつつじ

 家屋調度品などを掃き清める年末の煤払いをするに当って、山賊のように着込んだ作者の姿が目に浮かびます。上五、中七の把握がよいです。

故郷へ急ぐ列車や山眠る

境木権太

 お正月に帰郷したときの句でしょうか。何でもない光景を詠んでいますが、冬山を擬人化した俳味ある季語の「山眠る」がよく利いています。

浚渫の太きパイプや十二月

ひらとつつじ

 浚渫された土砂や岩石が太いパイプの中を通っていることと「十二月」とは何の関係もありませんが、このように詠まれますと「十二月」に特別な感慨が沸いてきますので不思議です。